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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1293号 判決

原告 沖田さと 外二名

被告 株式会社 小林善

主文

一、被告は、原告沖田さとに対し、金十五万円、同沖田勝太郎及び中川たか子に対し、各金十万円及び右各金員に対する昭和二十六年四月十九日からその各支払済に至るまでの各年五分の割合による金員を支払ふことを要する。

二、原告等のその余の請求は、孰れも之を棄却する。

三、訴訟費用は、之を三分し、その二を原告等の平等負担、その余を被告の負担とする。

事実

原告等は、

被告は、原告等各自に対し夫々、金四十三万二千円及びその各金員に対する昭和二十六年四月十九日から、各その支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払ふことを要する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、

一、訴外亡沖田安治郎は、左官職を営んで居て、昭和二十六年一月中、被告の依頼によつて、その所有占有に係る東京都中央区日本橋横山町五番地所在の四階建ビルの四階の壁塗工事を請負ひ、同月二十六日からその工事に着手し、之に従事して居たのであるが、同月二十九日午後三時三十分頃、右四階で、右ビルに設置されて居たエレヴエーターを使用して、右工事用の川砂を、一階から四階に運び上げて居た際、川砂を出して空箱となつて居た二個の石油函大の箱を、一階に下ろさうとして、四階に停止中の昇降機に、それを入れ、自身の頭部及び左手が、その内にあるうち、突然、停止中の右昇降機が動き出して下降した為め、昇降機に首を狭まれ、背髄骨折、頭腔内出血の重傷を受けて、同月三十一日午前一時三十分頃死亡するに至つた。

二、右エレヴエーターには、その施設上次の様な瑕疵があつた。即ち、右エレヴエーターは、前記ビルの一階から四階に通する様に設置されて居て、各階には、夫々、昇降口があり、それに夫々金網戸とスヰツチが取付けられ、昇降機は、右ビルの各階に取付けられて居るスヰツチによつて自動的に運転され、各階に停止させ得る様になつて居たのであるが、安全装置(ドアー・スヰツチ)を欠いて居た為め、或る階で、昇降機を停止させて居ても、他の階で、右スヰツチを押して、之を運転し得ると云ふ瑕疵があつた。而して右エレヴエーターは右の如き瑕疵の為に監督官庁の使用許可を得て居なかつたものである。

三、然るにも拘らず、被告会社は前記訴外亡安治郎にその使用を許した為め、同訴人は、前記の如く之を使用したのであるが、偶々、同訴外人が、四階で、昇降機を停止させその使用中に、他の階で、何人かが、前記スヰツチを押し、右昇降機を下降せしめた為に前記事故の発生を見るに至つたものである。而してエレヴエーターは、土地の工作物であり、その施設上の瑕疵はとりもなほさず、その設置の瑕疵であるから、その所有占有者たる被告は、民法第七百十七条によつて、損害賠償の義務がある。

四、原告沖田さとは、前記訴外人の妻であり、その余の原告は、同訴外人の子であるから、同訴外人の遺族として民法第七百十一条により、被告に対し、慰藉料請求の権利がある。

五、慰藉料の額は、諸般の事情を考慮し、原告等各自について、夫々金四十三万二千円を以て相当額であると思料する。

六、仍て、原告等は、被告に対し、原告等各自に対し、各金四十三万二千円及びその各金員に対する訴状送達の日の翌日たる昭和二十六年四月十九日からその各支払済に至るまでの各年五分の割合による金員の支払を求める為め、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の、原告等主張の結果が発生するについては、前記訴外人に過失があつた旨の主張を否認した。〈立証省略〉

被告は、

原告等の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、

原告等主張のビルが、被告の所有占有するところであつて、之にエレヴエーターが設置されて居たこと、エレヴエーターが、一階から四階に通じ、各階に夫々、昇降口があつて、それに、夫々、金網戸とスヰツチが取付けられて居て、昇降機は、このスヰツチによつて運転され、之を各階に停止させ得る様になつて居たこと、訴外亡沖田安治郎が、左官職で、被告から原告主張の工事を請負ひ、その工事に従事して居たこと、同訴外人が、原告主張の日時に死亡したこと、及び原告等と右訴外人との身分関係が、原告等主張の通りであることは、孰れも之を認めるがその余の事実は之を否認する。仮にエレヴエーターの設置について、原告等の主張する如くドアー・スヰツチのなかつたことが瑕疵を構成するとしても、本件事故の発生については、前記訴外人に過失があつたのであるから、損害賠償額の決定について斟酌されるべきである。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、本件ビルに、エレヴエーターが、設置されて居たこと、それが、一階から四階に通じて居て、各階に昇降口があり、之に、夫々、金網戸とボタン(スヰツチ)が取付けられ、右エレヴエーターは、右各ボタンによつて運転され、昇降機は、之によつて自動的に上下し、各階に停止し得る様になつて居たことは、当事者間に争がない。

二、右エレヴエーターは、荷物専用の小型機で元安全装置であるドアー、スヰツチ(昇降機を停止させて、前記金網戸を開けて置けば電流が切断されて、昇降機が動かない様になる装置)が取付けられて居たが、本件事故当時には、それが取外されて居たことが、証人福森清の証言(第一、二回を通じて)によつて認められる。従つて右エレヴエーターは東京都の昇降機安全条例施行規則(昭和二十三年十月十日東京都規則第百七十二号)第三十二条の規定に違反し当時之を使用し得なかつたものであり且つ右ドアー、スヰツチなしでは監督官庁の使用許可を得る事が出来なかつたものである事は明である。(右福森証人の証言も亦之と一致する。)故に右の状態に於て右エレヴエーターを使用し、若くは之を第三者に使用せしめる事は夫れ自体有責所為であるか乃至は過失を構成し得る。蓋し昇降機安全条例は昇降機による災害の予妨と其の安全の確立を目的とするものだからである。之と同時に右ドアー、スヰツチを欠如するのはその施設に瑕疵があるものと為す事が出来る。而して、エレヴエーターは、建物の使用を便利ならしめる為めに、その建物内に設置されるものであつて、階段と同様の性質を有し、全体として、建物の一部と見るべきものであるから、その施設に瑕疵があれば、それは、土地の工作物の瑕疵であると云う事が出来る。

三、訴外沖田安治郎が、原告等主張の日に、本件ビル四階で、前記エレヴエーターを使用して、被告から請負つた工事に使用する材料の川砂を運搬して居たこと、及び原告等主張の時刻頃、右四階に、昇降機を停止させて、之を使用中、それが下降し、之に狭まれて原告等主張の重傷を受け、その結果、原告主張の日時頃、遂に、死亡するに至つたこと並に被告会社はドアー、スヰツチのない侭に、右エレヴエーターを当時使用して居り、右訴外安治郎は被告会社の係の者の許可を得て右エレヴエーターを使用したものであることは、証人貝瀬八郎、同山口勝義、同小口佐一郎の各証言並に原告沖田勝太郎の本人尋問の結果(第一、二回共)及び成立に争のない甲第二号証によつて、之を認めることが出来る。

四、而して前記エレヴエーターにドアー、スヰツチが取付けられて居れば、前記事故は発生しなかつた筈であるから右事故は、右エレヴエーターにドアー、スヰツチのなかつた事に基くもの、換言すれば本件事故の原因は右ドアースヰツチのなかつた点にあると云はなければならない。さすれば被告会社は本件建物の占有者並に所有者として民法第七百十七条によつて損害賠償の責に任ずべきものである。

五、被告は、前記事故の発生については、前記訴外亡安治郎に過失があつたと主張するので、按ずるに、前記事故発生当時、唯、一階に、右亡安治郎の雇人たる訴外山口勝義一人の居たことが、証人貝瀬八郎、同山口勝義の各証言並に原告沖田勝太郎の供述(第二回)によつて認められるだけで、二階及び三階に人の居たことを認めるに足りる証拠は全くない。而も、一階に一人居た前記訴外山口は、事故発生の時刻頃、一階で、壁屋の運んで来た工事材料の壁砂を、オートバイから下す作業をして居た旨証言して居るのであるから、結局、本件に於ては、前記訴外亡安治郎が、エレヴエーターを下降せしめたものと認めざるを得ない。(エレヴエーターが故障によつて、自然に下降し始めたと認むべき証拠はない)而して、右訴外亡安治郎の事故直後の状態につき按ずるに、原告本人沖田勝太郎の供述(第一、二回)によれば、右安治郎は、エレヴエーターの天井と四階の床との間に首を狭まれ、左手をエレヴエーターの内部に入れ、頸の右側を上に倒れて居たこと並にエレヴエーターの中には、壁砂を運搬した空箱が入つて居たことを認めることが出来、右エレヴエーターの速度は、一分間六十フイートであること前記福森証人の第一回供述により之を知ることが出来るから、これ等の事実により推すと、右亡安治郎は、エレヴエーターを下降せしめて後、恐らく、空箱を運んで来て、既に或る程度下降して居たエレヴエーターに之を入れた後、本件事故を惹起せしめたものと推断するのを妥当としよう。(前記原告本人沖田勝太郎の第二回供述によると、右エレヴエーターの入口の床は少しく、高く段となつて居たことを知ることが出来るから、右訴外亡安治郎が右の段に躓き倒れた可能性もないではない。)これは、右訴外亡安治郎の不注意の結果と為すことが出来る。何故ならば、若し、右訴外人が、空箱をエレヴエーターに入れて後、之を下降せしめたならば、本件事故は生じなかつたであらうし、斯くすることが、普通注意する人の為すべき順序であろうからである。従つて、被告の前記抗弁は理由がある。

六、右訴外亡安治郎は、前記の如く、自ら、エレヴエーターを下降せしめ、之に空箱を入れた際、本件事故を発生せしめたものであるから、本件事故の動因は、右訴外人の与へたものであり、且、右訴外人の過失は、本件事故の直接の原因を為して居る。併し、右の事故は、ドアー、スヰツチがなかつた為めに生じたものであること既述の通りであり、右訴外人は、右原因の下に、本件事故を惹起せしめたのであるから、前起ドアー、スヰツチがなかつたことと本件事故との間の因果関係は、右訴外人の所為によつて中断されたのではなく、右訴外人の前示過失は、右原因に基く結果の発生に対して、競合若くは寄与したものであると謂はなければならない。(民法第七百十七条の責任につき被告等の過失相殺が認められることは疑ない。)而して、本件事故の根本原因は、被告会社の占有且所有する右エレヴエーターの前示瑕疵にあること既述の通りであるから、被告会社は、前段判示の如く、本件損害賠償の責を負ふべきものであり、訴外亡安治郎の過失は之に競合したものとして損害の一定部分を分担すべき原因となる右分担の割合は、有責の程度によらなければならぬ。よつて、この点について按ずるに、右訴外亡安治郎は、被告会社の者(エレヴエーターを管理して居た者と推定される)の許可を得て、本件エレヴエーターを使用したのであるから、この点は、右訴外人の責任を軽減すべく、エレヴエーターを自ら下降せしめ、既に或る程度下降しつゝあるエレヴエーターに空箱を入れんとした所為は自ら危険を創造し且つ之に近づいたのであるから右訴外人の責任を加重するものである。故に之等の経過を勘案すれば右訴外人の過失によつて分担すべきものは全額の三分の一程度と為すを相当としよう。而して右の割合は本件慰藉料の請求に付ても之を考慮すべきである。

七、原告等が、右訴外亡安治郎と、その主張の身分関係にあることは当事者間に争のないところであるから、原告等が、右訴外人の遺族として、民法第七百十一条によつて、被告に対し、慰藉料の支払を求め得ること勿論である。(生活共同に基く扶養其の他の財産上の損害賠償も之を求め得るけれども原告等は本件に於て之を求めて居ない)

八、而して慰藉料の額は、原告等の右訴外人に対する身分関係、並に事故の態様と、原告沖田さと、同沖田勝太郎の各供述(孰れも第一、二回共)及び成立に争のない甲第四号証を綜合すれば同訴外人の収入が、平均して、一ケ月金三万円乃至金五万円程度あつて家族の生活費として、一ケ月平均約金三万円程度が充てられて居たこと、右訴外人が左官職として相当の技能を有し、且つ、右訴外人が、弟子三名を養ひ、その職に従事して居たが、同人死亡後は、原告勝太郎に於て、その後を襲ひ、右訴外人と同様の職に従事して居るが、その収入は、同訴外人生前当時とは比較にならないことが認められ、之等と原告さとが、妻として、同訴外人の不慮の死によつて、特に、多大の精神的打撃を受けたと認められること、並に前記過失相殺の点とを綜合して、原告さとについては慰藉料金十五万円、勝太郎及び同中川たか子については各同金十万円、を以て相当額と認める。尚原告等は右各支払債務が、訴状送達の日の翌日であることの、記録上明かな、昭和二十六年四月十九日から、履行遅帯にあるから、右各金員に対し、同日から、夫々その支払済に至るまでの各年五分の割合による法定遅延損害金の支払を求める事が出来る。

九、仍て、原告等の請求中、原告さとの金十五万円及び之に対する昭和二十六年四月十九日からその支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、同勝太郎及び同中川たか子の金十万円及び同日からその支払済に至るまでの同率の遅延損害金の支払を求める部分は、孰れも理由があるから之を認容し、その余の部分の各請求は、理由がないから、孰れも之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 安武東一郎 田中宗雄 田中正一)

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